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[コメント] 男はつらいよ 寅次郎恋歌(1971/日)

別にどうでもよいと言えばよいのですが、確かにヒロシは(第一話では)北海道出身、ということになってましたよね。私もちょっと気になりましたとも。<RED DANCERさま
tredair

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







被害者意識を増幅させ周囲にあたりまくる荒ぶった寅もいれば、子どもたちと無邪気に遊びまわる、優しい目をした破顔の寅もいる。

(親切心からとは言え)かなり横柄な態度でのうのうと人の家へ寄生する寅もいれば、好きな女がどうも金で困っているらしいと知り、突然シャニムニ働きだす寅もいる。

子どもたちから給食のパンを分けてもらい、それでどうにか飢えをしのぐ寅もいれば、勘違いではあったけれど、知りあったばかりの旅の一座にポンッ!と大盤振舞する寅もいる。

和服を着ているということだけで、妹と好きな女を見間違えてしまうほど浮かれた寅もいれば、好きな女が昔の夢を語るのを聞いただけで、互いの差違に気付きそっと身をひく冷静な寅もいる。

ヒロシの実家の庭先に埋められていた、紫色のリンドウ。最初は「なんでここでリンドウを大きく撮すのだろう?」と思っていたが、そのしばらく後にヒロシの父が語りだしたとき、その理由を察することができたような気がした。

あの花を植えたのは、きっとあのお父さんだったんだよね。妻や息子たちと上手にコミュニケートできなかった彼の、それは精一杯の愛情表現というか、うちなる願いや望み、信念の象徴だったのだよね、と。

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私的名台詞メモ:聞き取りに自信のない箇所には(?)と記。

■ヒロシの実家で、ヒロシの父からリンドウの話を聞く。

ヒロシの父「で、君はこれからどこへ行くつもりかね?」

寅「ええ、どこへってねぇ。これから寒くなるから、南の方へ行くってことになんじゃないすか。ハハ、気楽なもんだよねぇ。それに女房子どもがいねぇから身軽でいいですよ。♪はあぁあ〜、誰がこーきょおぉおおおおお」

ヒロシ父「寅次郎くん、」

寅「はいはい」

ヒロシ「いま君は、女房も子どもいないから身軽だと言ったね。」

寅「ええ、そうですねぇ。♪おーもわざーるー、ペコペーンポンポーン、ペコペーンポンポーン」

ヒロシ「ねぇ君、その歌やめなさい。」

寅「はい…。」

ヒロシ父「そう、あれはもう10年も昔のことだがね、 私は信州の安曇野というところに旅をしたんだ。」

寅「へぇ、先生も旅したことあるの。」

ヒロシ父「うん。バスに乗り遅れて田舎道を一人で歩いているうちに、 日が暮れちまってね。暗い夜道を、心細く歩いていると、」

寅「キツネの話でしょ。ね、べっぴんに化けたキツネが背中から肩たたいて、ダンナ、ふり向いてよなんつってやつ(?)」

ヒロシの父「いや、そういう話じゃないんだ。」

寅「あぁ。」

ヒロシの父「ポツンと一軒の農家が建ってるんだ。 リンドウの花が庭いっぱいに咲いていてね。開けっ放した縁側から、灯りのついた茶の間で家族が食事をしてるのが見える。まだ、食事に来ない子どもがいるんだろう。母親が、大きな声でその子どもの名前を呼ぶのが聞こえる。私はね、今でもその情景を、ありありと思い出すことができる。庭一面に咲いたリンドウの花。あかあかと灯りのついた茶の間。にぎやかに食事をする家族たち。私はその時、それが、それが本当の人間の生活ってもんじゃあないかと、ふとそう思ったら、急に涙が出てきちゃってね。人間は、絶対に、一人じゃ生きていけない。逆らっちゃあいかん。人間は人間の運命に、逆らっちゃあいかん。 そこに早く気がつかないと、不幸な一生を送る事になる。わかるね、寅次郎くん、わかるね?」

寅「へぃ、わかります。よぉーっく、わかります。」

■寅、お得意の受け売りをする。

寅「たとえば日暮れ時、農家のあぜ道をひとりで歩いていると考えてごらん。庭先にリンドウの花がこぼれるばかりに咲き乱れている農家の茶の間、灯りがあかあかとついて、父親と母親がいて、子どもがいて、にぎやかに、夕飯を食べている。これが、これが本当の、人間の生活というものじゃないかね、君。」

ヒロシ「え、ええ、まあ、その通りですな。」

サクラ「お兄ちゃん本当よ、とってもいいこと言うわ。」

寅「オレも、いろいろと考えたからなぁ。」

サクラ「そう。」

おばちゃん「ちょっと悪いけどねぇ、親子で晩ご飯食べてるだけのことでなんでそんなに感心すんだい?」

おいちゃん「そうよ、どこでもやってるじゃねぇか、そのくらいのことは。」

寅「ただ食べてるんじゃないんだよ。庭先にリンドウの花が咲きこぼれていたの。」

おばちゃん「リンドウの花だったらうちにも咲いてるよ。」

寅「電気があかあかとついてさ。」

おいちゃん「夜になりゃ電気つけるだろ、どこでも。」

寅「あー、わかってないなぁ。これだから教養のない人はヤなんだよ。話し合えないという感じがするものねぇ。なぁヒロシ君。」

ヒロシ「え、ええ、そうですね。つまり、えー、兄さんの言いたいことは、平凡な人間の営みの中にこそ、幸せがあるとでも言うのかなぁ。」

寅「そう、営み。」

ヒロシ「 言ってみれば、人間には人間の定められた生活があるとでもいうことじゃないですか。」

寅「そうそう。」

おばちゃん「へぇ。」

おいちゃん「はぁ。」

寅「わからないんだろうねぇ。考えてみると、オレも長いあいだ人間の運命というものに逆らって生きてきたものよ。」

おいちゃん「そうかい? そんなに逆らっちゃいねぇと思うけどなぁ。」

寅「逆らってますよ。16才の折からずっと逆らってますよオレは。」

■ヒロインにリンドウの鉢を手渡して愛を告白し、リンドウについても語る場面

ヒロイン「あの、何か御用でも。」

寅「いえ、別に。さっき夜店ぶらっと冷やかしておりましたら、こんなもんがありましたんで。」

ヒロイン「あら、まぁ、リンドウの花ね。うれしいわぁ。私大好きなのよ、これ。」

寅「ああ、そうですか。そいつはよござんした。」

ヒロイン「本当にありがとう。ああ、綺麗だわぁ。ねぇ、リンドウの花って、月によく映るのよ。」

寅「ああ、さようでございますか。」

ヒロイン「あの、どうかなさいました?」

寅「あの、何か困ってることはございませんか? どうぞワタクシに言ってください。どうせワタクシのことです、たいしたことはできませんが、指の1本や2本、いえ、片腕片足ぐれぇでしたら、何てこたぁありません。どうぞ言ってください。どっかに、気に入らねぇ奴がいるんじゃないんですか?」

ヒロイン「ありがとう、本当にありがとう寅さん。(泣きだしつつ)嬉しいわぁ、私とっても嬉しい。いいの、そりゃぁ、困ることはありますけどね、私ひとりの力で、なんとか解決できると思うの。だからそれはいの。でも、寅さんの気持ち本当に嬉しいわ。そんなふうに言われたの、いま、いまの寅さんみたいに言われたこと私、生まれて初めてだったわ。」

寅「えへへ(照れ笑い)」

ヒロイン「ふふ(照れ笑い)」

寅「いい月夜でございますねぇ。」

ヒロイン「寅さんも旅先で、こんなお月様見ながら、柴又のこと思い出すことあるんでしょうねぇ。」

寅「ありますよ。」

ヒロイン「 いいわねぇ、旅の暮らしって。」

寅「旅が好きで飛びこんだ家業だから、今さら愚痴も言えませんが、傍目で見るほど楽なもんじゃぁナイですよ。」

ヒロイン「そお?」

寅「そうですよ。」

ヒロイン「たとえば、どんなふうに?」

寅「たとえば、そうですねぇ。たとえば、夕暮れ時、田舎のあぜ道をひとりで歩いていたんですがね、」

ヒロイン「ええ。」

寅「ちょうどリンドウの花が、いっぱい農家の庭に咲きこぼれてて、電灯はあかあかとともって、その下で親子が、水入らずの晩飯を食っているんです。そんな姿を垣根ごしにふっと見たときに、あぁこれが本当の人間の生活じゃないかねぇかなぁ、ふっとそんなことを思ったりしましてね。」

ヒロイン「わかるわぁ。さみしいでしょうね、そんな時は。」

寅「ええ、仕方がねぇから、行き当たりバッタリな飲み屋で、無愛想な娘を相手にきゅうっと一杯ひっかけましてね、駅前の商人宿かなんかの薄いせんべい布団にくるまって寝るとしますわ、なかなか寝付かれねぇ耳に、夜汽車の汽笛がポーッと聞こえてきましてね。朝、カラコロ下駄の音で目が覚めて、あれ、オレはいまいってぇどこにいるんだろ。あぁ、ここは四国の高知か。そんな時に、いま柴又じゃぁ、サクラやおばちゃんたちが、あの台所で味噌汁の実をコトコト刻んでるんだな、なんて思ったりしましてね。」

ヒロイン「いいわねぇ。」

寅「ええ。」

ヒロイン「ああ、うらやましいわぁ。私も、そんな旅をしてみたいわぁ。」

寅「…。(ちょっと驚いた顔をする。)」

(評価:★4)

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