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[コメント] グラン・トリノ(2008/米)

国家観、人種観などアメリカ人を支え続けてきた20世紀の価値観を古い衣として脱ぎ捨て、来る21世紀にどのような価値観を身にまとうべきか。アジア人のスタッフや俳優と考え続けてきたクリント・イーストウッドの思索の現状の成果がこれ。途方もなく美しい。
ジェリー

 エキゾチックな憧れも幼稚な忌避の相貌も全く帯びないアジアへの眼差しの錬度に驚かねばならない。深さ、鋭さ、やさしさ、厳しさ、自らの人格を全て注いだ懐深い眼差しであることにアジア人として深い敬意を覚える。硫黄島にまつわる二本の戦争映画あたりから、クリント・イーストウッドがアジアに対するアメリカのコミットメントを静かにしかし強く凝視し始めたことに、ようやくこの作品の完成に至って気づいた。アメリカのアジアへのコミットメントと自分との間の違和感を自然に人格化したのがこの主人公の老人だろう。

 クリント・イーストウッドの扮するウォルト老人の一つ一つの発言やたたずまいが、クリント・イーストウッド自身のそれとダブったり、クリント・イーストウッドかつて演じたヒロイックな役のかずかずとオーヴァーラップして見える。ハリウッド映画の本流にいながら常にアメリカの誇る産業の代表格としてのハリウッド超えを余裕綽々とやってのける巨匠に、彼はなった。映画という手段によって世界語を操れる者という意味での巨匠だ。

 しかし一方で、その彼がアメリカ人であることの誇りを惜しみなく宣言する。同じく20世紀のアメリカを代表する産業である自動車製造業への憧れと尊敬を素直に表明する形で。この重層性が20世紀と21世紀を断絶させる振る舞いとしてでなく、架橋する振る舞いとしてヒューマニスティックであり素晴らしいのだ。

 次に向ける彼のアジアへの眼差しが待ち遠しい。それは多分、イスラムの人達へのそれとなりはしまいか。

(評価:★5)

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