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[コメント] 佐々木、イン、マイマイン(2020/日)

なんといっても佐々木というキャラクターの描き方。佐々木が見ていたものが知りたい。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







生を生きながら生きている人は、生を死にながら生きている「われわれ」からすると、常に対岸にいる人のようだ。ヒーローといってもいい。まぶしくて、仙人のようで、自分や世の中がどんなにダメダメでも、あいつだけはいつまでもあいつでいてほしい、そう思わせるキャラクター。そういうキャラクターを描いた作品はいくつもあると思うけど、そして自分はそれらの作品を比較して論じるほど映画を観ているわけではないけど、そういうキャラクターの描き方として、唯一無二の説得力があった。映画を観ている時よりも、映画を観終わった後、しばらくしてから佐々木や佐々木の友人たちの姿が強く思われてならなかったのは、どこかに変わらずにいてくれること、変わらずに存在していて欲しいと願っていたものの喪失を実体験のように感じたからのように思う。映画の冒頭でスタッフ(キャスト)が「一切妥協せずに作った」と挨拶する映像があったけど、それだけの強度のあるフィクションを作り上げた実感があったのだろう。

有無を言わさない佐々木の顔面や髪型の造形は何より素晴らしいんだけど、一番うまいなぁと思ったのは、佐々木が絵を描く人間という設定でありながら、彼が絵を描くところを一切描かないこと。佐々木っていうミステリアスな人物のことを知りたいと考え出すとき、ああそういえば、この人って絵を描く人間なんだっけ、と感じさせる程度にとどめていること。

どこかにいて欲しい対岸のあの人が絵を描く人なら、何より誰より自分自身と対話をしていた人のはずだし、物事をよく見ていた人のはずだ。対岸のあの人を、どこを見ているのかわからない天然素朴な人物としてではなく、だれよりも周りを見ていた人、だれよりも周囲のわれわれのことを見ていた人なのではなかったかと、そう思わせるところがうまい。やられた。

佐々木がみなを煽って裸になるとき、彼は机の上から「俺たち」をどう見ていたのか、お前ら楽しんでる?って見ていたのか、佐々木が何を見ていたのか、ひとりでいるとき何を思ってキャンバスに向かっていたのか知りたい。「死んでしまったあいつのことをもう知りようがない」という作品の登場人物たちの体験が、映画の観客の「描かれていないことは知りようがない」という体験とシンクロする。もう自分なりの昔の日々を想像したり、生をただ単純に生きる赤ん坊を見ることで思い返したり、自分の中で「どこかで変わらずにいて、自分を見守ってくれているような存在」を、自分自身によって埋めていくしかない。で、佐々木、イン、マイマインとなるなわけでしょう? うまいよなぁ。悔しい。

ぽんしゅうさんが「男の子映画」という言い方をされていたけど、なるほどカラオケ店で苗村さんが登場してからの空気が一変するようなあの爽やかさは、男の子の世界に女の子が現れた時の破壊力。こういうのは女性の観客にどこまで伝わるのだろう? 彼女は佐々木の友人たちとは、異性という立場で多少違う佐々木にアプローチしてたと思う。佐々木が友人たちを見ていた、ということを、当事者の友人たちよりよくわかっていたから、彼女は遺体をそのままに友人たちを呼んだのだ。このシチュエーションて実体験なのか、創作なのか、これも凄い。この映画で一番良かったのは、友人たちが走り去る霊柩車を(おそらく現実では)とめて、佐々木コールをするのを聴きながら、苗村さんがクラクションを鳴らし続けるラストシーン。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)緑雨[*] ゑぎ[*] セント[*] なつめ[*] ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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