コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] タクシー運転手 約束は海を越えて(2017/韓国)

軍隊により通信、道路を完全に遮断された都市でいったい何が起きているのか? 常に「目的地」には関心も関与もないという部外者であるタクシー運転手の視点が、まだ何も知らない映画の観客の視点とシンクロする導入がうまい。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







事情を知らない平和なところからやってきたものが、そこで起きていた真実にだんだん近づいていく、まさに部外者である「観客」の視点を、その地にとって部外者であるタクシー運転手の視点に託して切り込んでいく構成が巧みで、この事件のもっとも本質的な問題である「事実の秘匿」と「真実を知る(知らせる)意義」というテーマの扱い方としては、当事者視点よりもベストなような気がした。「え、そんなことが起きてたの?」ということを、誰かが命がけで不屈の意志でもって明らかにしてくれたからこそ初めて知ったという、そういう誰かの志の在り様こそが、当事者以外の人間にとって最も学ぶべき価値観だからだ。われわれは常に自分の目の届かないところに置かれたことについて「知らないことは知りようがない」ことがほとんどだ、ということこそこの作品の最も重要なテーマだと思う。

ダメ親父だが娘思いのタクシー運転手を、小狡いところもあるが根は正義感の強いというようなポンコツオヤジをやらせれば右に出るものはいないソン・ガンホが好演、というかもう安定の嵌まり役。シリアスなドラマの中にちょいちょいギャグを挟んで全体の調和を崩さないこの人のキャラクターって凄いな。

市民虐殺シーンの撮り方も、過剰にドキュメンタリー調でもなく、アクション過多でもなく、良いバランスで撮れていたように思う。撃たれた人を助けようとした丸腰の市民を容赦なく、軍(空挺部隊だったらしい)が射撃していくシーンの酷さは充分伝わってきた。

光州市で主人公たちが世話になる、人の良いベテランタクシー運転手たちが、最後カーチェイスをしながら主人公たちを逃がすシーンが、若干劇画的な気がしたがまあ絵的にはそれほどでなくても実際そうだったのかも知れないし、別に完全な再現ドラマではない(と断っている)からそれでもいいとして、こういう「そういうことはいけないことだ」という信義に従って行動を起こすタイプの人は韓国人には多い気がする。日本人なら情や立場に基づく行動規範が、韓国人はもっとずっと理念的なように思うからだ。

一つだけ注文をつけたかったのは、軍人側の立場が無条件に悪で描かれていたこと。実際一方的に暴力を振るってきたし、虐殺もしたのだけど、彼らをそれに駆り立てたのは、当時の東西冷戦下の北朝鮮への恐怖や敵意であって、上層部はともかくも一般の兵士は、「デモをやっている光州市民は北朝鮮のゲリラだ」と思い込まされていたからこそのあの仕打ちなわけだ。当時の光州市民や主人公たちの視点からは知りようがないが、振り返りとしてこの事件をとらえるのなら、当の軍隊の人間も実はいろいろなことが政治的に秘匿されていたわけで、今の時代でも通じる本当の怖さというのは、為政者は不都合な事実を隠し、国民を騙す可能性が常にあることで、大事なのはそのことを自覚することだ。そういう現代の人にもわかりやすい視点もさりげなく盛り込んで欲しかった。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (5 人)DSCH[*] pori[*] KEI[*] ぽんしゅう[*] 寒山拾得[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。