エレベーター内のシチュエーションを独立させ、その密室コメディがあたかも本編であるかのように見せた上で、後からそれが全部フェイクであるとした構成は意欲的で好き。うまいと思ったのは、あらかじめ冒頭で素の安井を出して、エレベーターでの安井がフェィクであるもしくはフェィクかも知れないことを開示しているのに、そのことを悟らせないでエレベーターのシークエンスを見せきっていること。

ただネタばらしを行った時、その反転さに鮮やかさがなかったのがもったいない。『スティング』でいうところの「吊り店」をたたむ作業をもたもたやっているような感じといえばいいだろうか、バレてからのやりとりが冗漫。騙された順君同様観客も「えーえーえー」って言ってるうちにフェイクの撤収が進んでいくようでないといけない。バレた→すぐ眠らせる→エレベーター起動（スイッチON）→扉（外界へ）の解放。ここまではさっさと済ませたほうが良かったのでは？　そのテキパキさに快感が宿ると思う。またそこから回想に入るが、その長い回想からかえってきたら、安井側が順調にいっている場面から再スタートするほうがいいと思う。回想から帰ってきたら、もう事態が不利になっていたというのでは二転三転のうち一転分を損してしまうと思う。

でここから本当の本編が始まるのだが、この作品結局ここを含んだ全体というのがうまくいってないと思うのだ。

まず第一に、前半の笑いをあまりに脱力的なものに描きすぎて、そのゆるさ（悪い意味でなく）に対して死が重過ぎると思う。立て続けに訪れる死が「コク」が深いのに、そこまでの雰囲気がそれを受け止めきれていないっていうか。前半の朗らかなムードに直結させていくなら、それまでの間いろいろな悪意が隠れていてそれらが一斉に牙を剥き出して登場人物たちに襲いかかってくるようなそういう流れがないときつい。管理人の哀れこの上ない死と、それを引き起こしのっぴきならない状態に陥った安井を笑い飛ばすには、あまりに登場人物たちと作者に悪意がなさすぎる。浮気男の順だって改悛の情があってそんなに非道じゃないし、順の愛人は順に騙されていただけだし、仕掛けた妻も妊婦なうえにそこまで夫を憎んでいるわけではない、安井も悪気があってこうしたわけじゃないし、これを引き起こした真の黒幕は心の病気ではないか。管理人にいたってはなんら罪を犯していない。登場人物はおろか、この作品世界における神様（作者）にも悪意がないのが、逆に救いがないって気がする。

第二に、香のキャラに伏線がはれていないのはミステリ上のルール違反だ。解離性の二重人格だからといって、それを最後にバラしているだけでは、物語の最後に初めて出てきた人物が真犯人でしたっていうのと変わらないと思う。香の挙動が素のときでもどこか情感の安定しないところがあるとか、一芝居うつための設定を考える時、おそらく彼女自身が考えた「放火犯の引きこもり」というエピソードを披露した際に、それが妙になまなましく具体的であることに安井たちが少からず驚いたとか、もしくは麻奈美がどこかで自分には妹がいることなどを提示しておいて欲しい。特に２週間前から行方不明になった病気の妹がいるというのが本当なら、麻奈美が夫の浮気のこと以上に妹を心配しないのはおかしいのではないかと思う。ましてこの時彼女の傍にいたのは探偵なわけだし。

第三に、この物語がなぜ「２軍選手の戦い」という話で、それに付き合うことになるのかその必然性が乏しい。この物語がそれに始まりそれに終わるのであれば、安井が２軍選手たることを本編でもっとしっかり物語ってほしい。すなわちアルバイトにきた娘の計画を精査もせず、ほいほいのっかってしまうような粗忽さ、調子の良さ、つめの甘さが、香の計画以上の事態の悪化を招いている。脚本上の設定はあるし、「俺はいつだってだめだ」という主旨の台詞による説明はあるのだが、「２軍選手安井」の物語に本編通じてあまりコミットしていないと思うのだ。冒頭および結末と本編がなんだか木に竹をついだようになってしまっている理由はそれだと思う。２軍選手の物語であることを一貫して描いていけばこそ、それでも愛人女性の自殺を助け、また、最後に香が自らの手を汚すことを防ごうとする、敗者にも意地があるのだ、という流れが生じるのだと思う。