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[コメント] ただ、君を愛してる(2006/日)

めがねっ娘? きらいじゃないです。むしろ好きなほう。でもそれ以上に中性的な女の子が好きで、しかも「カメラを手にしている女性」というのがもうたまらなく好きなもんで…。とにかく宮崎あおいのかわいさに圧倒される。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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この作品のヒロインは、いわゆる「めがねをとると結構きれいな女の子」という、お決まりの役割を与えられている。しかもさる事情から「女らしさ」さえ封印している。つまり本来のかわいい姿をベールに包んでいる。しかしながら、作品の大半では「ベールに包まれた姿」を披露していて、実のところ映画はそっちの姿をかわいくみせ、それで作品を牽引しなければならないという構造になっている。ベールに包まれた状態でかわいく見せ、ベールをぬいでさらに「あっ、かわいい」と言わせなければならない。それを難なく彼女はやってのけてしまった。宮崎あおいは、もともと中性的なところが魅力だし、めがねっ娘は市民権を得ているし、という有利な状況ではあるものの、「めがねっ娘」時代と、回想で登場する「カメラマンになったいい女」のどっちもそれぞれの魅力を表現しているのはやはりこの人の演技力あってこそ。

とはいえ、めがねっ娘時代をかわいく見せるというのは、もう少し彼女が大人になってしまったら無理があったかも知れない。今の宮崎あおいだから出来たと考えると、監督の今回の仕事はとても価値のあったことだった。

ストーリーでやや強引さを感じるところは、誠人が、静流の自分に対する好意を知りながら同棲を始めるところで、いくらなんでもデリカシーがないんではないか?と思わせるところと、静流がニューヨークで一応自立し始めてから、しばらく元気だった時期があったのに、誠人と会おうとしなかった点だ。もういずれ死んでしまうかも知れないとわかっていれば、元気なうちに一目だけでも会っておこうとは思わなかったのだろうか? みゆきと遭遇して、結局誠人と会うことを決意して彼をニューヨークでの個展に呼んだのだけど間に合わなかった、ということだが、もしそうなら個展を待たないで会うという選択もあったはずだ。結局はラストの個展のシークエンスのために、二人は会わないという設定にしてしまった感がどうしても強くなってしまっている。

誠人の超人的な鈍感さ、それと結局は「会わない」という道を選んだ静流の決意を尊重したみゆきの覚悟、ここがもう少し描けていれば、もう少しあざとさが薄まったかも知れない。「みゆきの覚悟」は、すべて回想による説明で、しかも出番の時間も短く、多分この作品の中でも最も難しい芝居になってしまうだろう。監督や役者がどんなに考えても正解が出なかったかも知れない。が、誠人のほうはもう少し何とかできたかも。せっかく写真が趣味という設定なんだから、優しいまなざしを持っているのに、実は対象のことをちゃんと見ていない、例えばそういうのが、誠人の撮る写真の作品とかで表現できていたりしたらかなり良かったんじゃないだろうか。そうすると、個展で披露していた静流が撮り続けていた誠人のポートレイト(誠人への愛しさに満ちている)作品とのコントラストが際立ってくるし。その差が2人のカメラマンとしての資質の差でもあったり、なんていうのも表現できれば、もっとキャラクターが立体的になって面白かったのではないだろうか。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ナム太郎[*] コマネチ

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