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[コメント] 太陽がいっぱい(1960/仏=伊)

やっぱ主人公の名を冠して特定の個を打ち出した感じのタイトルにするよりは、こんな感覚的な方が共有できて相応しい感じがしますね。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 どんな話だったかすっかり忘れてた。こんな「死体は語る」的なオチのついた話だったんだなあ。

 前半の、金満青年(フィリップ=モーリス・ロネ)の心の隙につけ込んで、ある程度見透かされながらも取り入っていくやり方と、彼とマルジョ(マリー・ラフォレ)の間に楔を打ち込んで、自分のポジションを確保していく描写はスリリングでよかった。むしろ後半の他者への成り済まし部分の方が、陳腐なサスペンスと化してチトだれた。

 ラスト近くの演出の厳密さに感心した。解釈に拠っているかもしれない。情緒不安定となったマルジョにつけ込んで、リプリー(アラン・ドロン)は彼女の唇を奪う。彼女もこれに応える。次のシーンでは二人がベッドに横たわっているのだが、二人とも先ほどまでと同じ服を着たままだ。これはつまり、ただ寝そべって抱き合っていただけという意味だろう。マルジョは、リプリーに体を許したわけではない。リプリーの方もただ寝て棄てることが目的だったら無理にでも襲ったのだろうが、彼女を本当の恋人にしたかったので、無理強いはしなかった。そんなシーンとして見た。

 海辺で、マリジョ一人を港へ行かせるシーンでも、リプリーは彼女にキスをしようとするが、彼女は頬で受ける。まだ恋人同士にはなっていない印だと受け止めたのだがどうだろう。正気を保っているときの彼女は、まだ彼を受け入れていない。つまり、すべてを手にい入れた気になって「最高に幸せだ。太陽はいっぱいだし」なんつって海の家でいい気になってるリプリーは、まだ何も手に入れちゃいなかったのである。策士策に溺れる愚かさではなく、自分が本当に生きたい生活の見つからないまま、夢見た裕福な生活に憧れたまま、可愛い「彼女」をただそばに置いておきたいというだけの、純朴という愚かさ。ラスト、司直の手が伸びてきたことも知らずにいい気になっている彼の図は間抜けこの上ないのだが、ざまあ見ろという気にはならず、かわいそうな気になるのはそのせいだ。

80/100(08/10/19再見...20年近くぶり)

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)けにろん[*] Ribot[*] ina ぽんしゅう[*]

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