コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] アパートの鍵貸します(1960/米)

このシャーリー・マクレーンと、私が今まで他の映画で観てきたシャーリー・マクレーンは、仮に同じ人物だったとしても、たぶん別人だと思う。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







蝶可愛。

◇◇◇

誰も待っていない部屋に一人帰り、自分で電気をつける。ガス式オーブンにクイック・ミールを入れ(今だったら電子レンジで冷凍食品を「チン!」)、一人で食べる。テレビにスイッチを入れ、お気に入りの番組にチャンネルを合わせる・・・。30過ぎの独身男なら確実に身につまされる。人それぞれ共感の仕方も違うみたいだが、私が思わず「ああ、これは私の映画だ・・・」と思っ(てしまっ)たのは、映画を観ようとしたら二度もCMが入って、観る気を失いテレビを消してしまうシーン。そうそう、私もCMが嫌いでテレビ見ないんだ・・・

◇◇◇

しかし、そんな風に思わない人にでも、この映画はイイと思われているらしい。ほんとに分ってんのか?とか思うが、間口の広さが名作たるゆえんなのだろう。

◇◇◇

学園ドラマというものがたくさんある。企業ドラマというものには、その半分もプレゼンスがない。だが人の一生のうち、企業に係わる時間のほうが実は圧倒的に長い。社会に出れば、直接企業に所属せずとも、多かれ少なかれ企業に携わって生きていく。それはつまり、学園よりも数段、企業こそ人間ドラマの生産工場であることを意味している。

振り返ってみれば、アメリカ映画は昔から企業ドラマをよく作っていて、考え様によってはあの『ダイ・ハード』だって1作目はその一種だと言えなくもない。ちょうどこの頃くらいから企業ドラマはあまり作られなくなって、それは私が映画を見始めた時期とも重なるので、つい企業ドラマはヨーロッパが本場くらいに考えていたけど、考えて見りゃ、企業という文化はアメリカ発ですものな。さすがに秘書室に呼ばれたら首か昇進かってのは、いかにもドラステッィクでアメリカらしいけど(と、笑ってもいられないが最近は)。

◇◇◇

この映画をハッピー・エンディングだと評する人が多く、そういう人たちには、そこがこの映画のいいところだと思われているみたいだ。だが、中にはこの映画がハッピー・エンディングであることに不満を持つ人や、この終わり方に微妙に苦いテイストを感じる人もいるようだ。私もどちらかというとそちらの気持ちの方が理解できる。単純なハッピー・エンディングでないから、イイ。

フラン(シャーリー・マクレーン)のような女は、バド(ジャック・レモン)のような男に恋をしない。人間を厳密に描き分けることのできるビリー・ワイルダーという監督は、そんな風に登場人物を色分けしていると思った。なぜなら、女に恋の喜びを与えられるのは、シェルドレイク(人事部長=フレッド・マクマレイ)のような男であって、バドがいくら一途に恋心を傾けたところで、女にとっては尻尾を振ってついて来る飼い犬と同じで、好き嫌いは別として、恋愛の対象にはならないから。Pity is akin to love.「似ている」ということは、「でも、同じではない(決定的に!)」という意味でもある。

◇◇◇

シェルドレイクについて一言。彼は実に誠実さのない、軽薄な男だが、自分を偽って嘘をついているのではなく、その場その場で相手の望むように”自分”を演じてしまう人物なのである。「女房とは離婚しようと思っている」(※いつも同じことを言っているわね)「それで今日、弁護士に会って来た」(※まあ、これは一歩前進というものだわ。前進・・・!) こんな明らかに為にする嘘とわかるセリフにさえ、(フランのような)女は一縷の真実を見出して、そこに信頼を置いてしまうのである。しかも「信頼を置く」のは自分でした行為なので、自分で自分を男に恋するよう仕向けているようなものなのだ。だからあとで恋心を否定しづらくなる。

※()内はこんなセリフを言われた時の女心・想像

想像力があまり豊かでない男だといつも同じパターンを繰り返すことになる(”この”シェルドレイクはそのタイプのようだ)が、それでもこの手は意外に有効で、現実の世の中でも、割り切りの早いこのタイプは、組織にとってわりと重宝な存在だったりする。が、それはまた別の話だ。

◇◇◇

現実的でシビアな描き方であるゆえに、おそらくハッピー・エンディングは訪れないだろうと思いつつ、それでもこの、同性から見るとどうしたって愛さずにはいられないキャラクターであるバドに、何とかハッピー・エンドを与えてあげて欲しいなあ、と思いながら観ていた。

だからシャンパンの開栓音はほんとにピストルの音だと思ってドキッとした(伏線が二重三重に巧妙だった)し、その後ドアを開けてシャンパンを持ったバドが出てきたときは、心から「ああ、よかった・・・」と思って安心した。

◇◇◇

余談だが、大晦日の晩、フランがシェルドレイクの元を離れて、バドのアパートへ走るシーン。ウディ・アレンの『マンハッタン』て映画のワン・シーンを思い出した、と言っている人がいた。かっこよくって羨ましい。だって俺が思い出したのは、『マルサの女』で都内の税務署に勤務していた板倉亮子(宮本信子)が、国税局査察部(マルサ)へ異動の内辞を貰って喜び走るシーンだったもの。・・・全部余談だけど。

◇◇◇

フランは、別れる決心をしてきたのに、つまり少しの間自分の中の恋心さえ押し殺せば、きっとすべてうまくいくと決意してやってきたのに、それでも、敗北感で泣きそうになりながらでも、シェルドレイクを愛していると告白せざるを得なかった女性。つまり、世間のあらゆる嘘を受け入れることはできても、自分の気持ちを偽ることだけはできない女性。

その彼女が、最後バドから I love you. と言われても何も答えない。「僕の言ったことは聞こえたはずだ。I absolutely adore you.( adore は love の最上級みたいな言葉でしょ?)」と言われてようやく、だが「何も言わずにカードを配って!」と言い返すのみ。これはつまりバドに対する彼女の気持ちは、愛しているということは言えない、愛していると言ったら偽りになる、という意味であると思った。それを言ったらリアリズムの一線を越えて、ファンタジーになってしまう。だからこの最後は、ビリー・ワイルダーがバドに与えることのできた、最大限の贈り物。このお話にこれ以外の終わり方は考えられないというくらいの、完璧な結末だったと思う。

90/100(03/05/23記)

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (22 人)YO--CHAN 赤い戦車[*] ぽんしゅう[*] solid63[*] 代参の男[*] パグのしっぽ[*] うちわ ミレイ[*] カフカのすあま 山本美容室[*] uni シーチキン[*] 東京シャタデーナイト[*] スパルタのキツネ[*] shaw[*] ろびんますく[*] あき♪[*] KADAGIO[*] けにろん[*] tredair くっきん[*] ジェリー[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。