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[コメント] マイ・ブラザー(2009/米)

戦争が奪う人の尊厳をテーマに描くのなら、より煽情的でなくした方が良作になると思うが、もしかしたら本作はセンセーションにも欠けるのかもしれない。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この映画はいろんな面で間違っている。

 アフガンの武装勢力に銃で脅され、部下を鉄棒で殴り殺したサム(トビー・マグワイア)の選択も、兵士として、また人間として間違っている。だが兵士として彼が犯したもっと大きな間違いは、この件を部隊に報告しなかったことである。軍法会議にかけられたり、処分を受けたりする恐れもあるが、米兵を拉致した武装勢力が、米兵にどんな事をしているのか、その結果、どんな心理状態にさせられるのか、彼には部隊へ報告する義務がある。

 また人間としては、帰国後、こんな大きな秘密を抱えてはとても安寧に暮らしていけないと思うのであれば、精神科医にかかるなどして、自分の精神に対する処置をきちんと施しておく必要がある。だって彼は、家族と生きていくことを選択して、あのようなことをしでかしたわけだから。自分が健全に生きていくためには、自分が健全に生きていくために必要なことをするのが当然だ。もしくは、この秘密は誰にも喋らず墓場まで持っていくと決意するのであれば、そのように振る舞う必要がある。彼の行動は、《自分には人に言えない秘密があるのですよ》というオーラをバンバン出しまっくているじゃないか。

 そもそも彼は、自分の殺人シーンがビデオに撮られていることを知っているはずなのだ。映画としては、救出の場面で、撮影係だった少年の死体の横に、ビデオカメラが壊れてシューと音を立てながら転がっていた。これは、映画としては、彼の殺人が明るみには出なかったことを示唆するシーンとして、機能している。だが彼自身はこの光景<壊れたカメラ>を目にしていないし、仮に目にしていたとしても、こんなものは簡単に複製できるのだから、またそのために撮影しているのだから、少なくとも《いつ、明るみに出るのか?》という不安を、常に持ち続ける羽目になるはずである。ところが彼は、というよりこの映画は、そんな心配を全くしていないのである。あほらしか。

 グレイス(ナタリー・ポートマン)も間違っている。あんな真剣な顔して何度も「私に話して(さもなくば別れる)」と言うものだから、ついサムは、ウィリス二等兵(パトリック・フリュガー)を自分が殺したと、グレイスに打ち明ける。だがグレイスは精神科医でも何でもないので、彼の精神を癒す治療を施すことはできない。秘密を引き出すだけ引き出しておいて、その精神には処置がなされず放っておかれるのだから、彼の心の傷は深まりこそすれ、治癒する訳がない。ラストの独白でサムは「僕は生きていけるだろうか?」みたいなことを言っていたが、こんなことをしたりされたりして、まともに生きていけるわけがない。愚問である。

 戦場で、尊厳や信条を失った人間が、帰国後も抱える不安や苦悩、またそれらが周囲に及ぼす影響、そういったものを描くのがこの映画のテーマである。それは、部下を鉄棒で殴り殺すという、きわめて特異なエピソードを用いずとも、もっと普遍的に描けるはずである。ある種のインパクトや、話題性、またはわかりやすさを求めてそんな設定を取り入れることにしたのだろうが、結局のところそれ自身に足を取られてしまっている。安易なエンディング(希望を持たせる終わり方、のような)を選択できなくなってしまったのである。

 役者陣は、それぞれ素晴らしい演技をしていた。特に長女・イザベル役のベイリー・マディソンは、99年生まれというから、撮影の頃は8、9歳だったのではないかと思うが、末恐ろしい存在だ。それでも映画全体としては、テーマに鑑みても、繊細さが足りないと言わざるを得ない。

70/100(10/10/02見)

(評価:★3)

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