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[コメント] せかいのおきく(2023/日)

序章、一章から七章、終章で構成されている。安政5年初夏から3年後の晩春までの期間の話。全編モノクロかと思っていたが、各章の最後のカットはカラー。
ゑぎ

 序章の最後の、朝、黒木華が顔を洗うバストショットには驚く。鮮烈なショットになっている。その他のカラーショットは、肥溜め、石橋蓮司の家の炭、位牌の前の蝋燭、雲から夕陽の斜光が射す遠景、肥えがかかった池松壮亮、「ちゅうじ」と書いて転げる黒木など。

 ファーストカットは、肥溜め。汲む池松。寺の厠(今でいう公衆便所)の裏。小僧が来て、池松から金をもらう。雨。厠の屋根で雨宿り。池松と、紙屑の入った籠を持っている寛一郎。そこに、おきく−黒木が入って来る。池松に名前を呼ばれて怒る黒木。寛一郎も黒木を知っている。この時点で既に、黒木は寛一郎に好意があると分かる。良いオープニングだ。

 黒木が住む長屋は木挽町。池松は、江戸から大川(隅田川)、中川を舟で行き、葛西領亀有まで肥えを運ぶ。汚穢(おあい)屋、という呼び方は、侮蔑表現だと思うが、しかし、紙屑買いの仕事よりもコストパフォーマンスが良いと判断したのだろう、寛一郎は池松の相棒(弟分)になる。

 朝、長屋の路地で手を打つ佐藤浩市。黒木の父親だ。願い事でなく、たゞおっかないから、と云うのは、時代の空気が感じられる。路地で手を打つ所作は、後半、娘の黒木でも反復される。長屋の場面では、秋の長雨の後のシーンが面白い。大家と店子たちとの騒動。それ今云うことじゃ...の反復。ちなみに池松の口癖は、今の笑うとこだぜ。

 佐藤浩市が厠の中にいて、外で待つ寛一郎との会話シーン。「せかい」という言葉について。「せかいで一番お前が好きだ」と云ってやんな、みたいな。この後の決闘場面が割愛されるというのも特徴的な繋ぎだ。同じように、おにぎりを持った黒木が荷車にぶつかるアクション場面も割愛されている。

 あと、以前は早桶屋だった(今はタガ屋の)石橋蓮司の家屋内の場面や、和尚−眞木蔵人が「役割は役を割ると書く」と云うシーンもいい。あるいは、馬喰町の紙問屋(?)から手に入れた半紙を持って来る寛一郎と、戸に顔を近づける黒木の場面。そして、寛一郎の長屋の前のシーンは、雪が降ってきて薄っすら積もる演出が映画的だと思う。路地の踏み板(どぶ板)を叩く寛一郎は「せかいで一番好きだ」と云っているのか。

 そして「せかい」の意味について、和尚が説明する場面では、黒木が睨むけれど、世界が循環していることを端的に表す。池松も石橋も、世界の循環について語る場面がある。空を見る寛一郎の、青春だなぁ。「世界」や「青春」という言葉は現代的に思えるが、幕末には一般的な言葉だったんだろうか。エンドロールの背景の凄い広角レンズのショットも、循環−サークルを表現しているように感じられる。

(評価:★4)

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