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[コメント] 一枚のハガキ(2011/日)

新藤の最後の作品というファンには見逃せない映画だ。全体に強い基調は持続している。そしてユーモアが所々存在する。ピリリと辛い上等の映画に仕上がった。
セント

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







一枚のハガキを託されいわば遺書配達人である豊川悦司は自分自身、徴兵中一枚のハガキも出さなかったために戦死したと思われ、妻と父親に逃げられた戦争被害者でもあった。そんな彼が潜水艦で戦うことなく沈没させられ戦死した戦友の妻大竹しのぶ に一枚のハガキを届けるのだ。

大竹しのぶ から「あんたはなぜ生きてるのじゃ 」とののしられる。彼は自身の妻から何故死ななかったのか、と責められた夫でもあったのだ。この生死の逆説と一枚のハガキの意味が重層し、観客に固唾を飲ませる出色のシーン。キーンと強い。

ところが人生を知りすぎている新藤は戦争に対する怨念だけを描くのではなく、人間にとって和らぎとでも言うべきコミカルな描写も同等に挿入する。大杉漣の団長の横恋慕はこの映画のオアシスでも言うべき人間味いっぱいの貴重なシーンである。人生賛歌でもある。

女の夫は戦死し、弟がとって代わって姉さと再婚する。ほとんど強姦っぽい再婚の初夜のシーンは哀しく、しかし現実的だ。それでも人間は生きていく。その弟もすぐ戦死し、舅も病死し、姑も自死する。何と不幸な呪われた家であろうか、、。

黒い雨』で今村昌平が原爆症で次から次へと村の衆人が死んでゆく描写とある意味似ているが、今村は芸術的に凝った描写をしていたが、新藤はあくまで気さくというか日常的でフラットな撮り方をしており、厳粛感というよりむしろ瞬時には憤りさえ感じないさらりとした撮り方に徹している。それは戦争の悲劇を日常化することに成功しているのである。

その呪われた家も複数の遺影とともに焼け落ちて二人は何とその地に麦を植え付ける。(麦と言えば何故か聖書を思い出すが、関係あるのだろうか)そして秋には実る。その黄金色でみなぎる穂の描写。

水を川から二人して汲み上げて運び(このシーンは『裸の島』の有名なシーンの焼き直しですね)一歩ずつ彼らは新しい生活を築き始める。人間はどんな苦悩に遭遇しようと希望さえあれば明日を生きていくことができるのだ。そんな新藤の最後の言葉である。

新藤が対談で言っていたが天皇陛下がこの映画をご覧になり、「最後の水汲みのところで救われました。」と仰られたと言っていた。感慨深いものがあります。

(評価:★5)

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