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[コメント] 母と子(1938/日)

タイトルの母は吉川満子、子は田中絹代だ。冒頭は舞う田中のフルショット。端正な構図で数カット繋ぐ。踊りの稽古。こゝを見た時点で、本作の品質が予想できる。また、田中は、ある程度のお金持ちのお嬢さんだろうと推測する。
ゑぎ

 自宅に帰った田中と母親−吉川の場面。今日は田中の誕生日。お父さんが来ることを心待ちにしている。庭のリラの花が咲いたと喜ぶ吉川。きっといいことがあると云う。吉川は子供みたいに純粋なキャラだ。お父さんより先に、徳大寺伸が来る。田中の兄だが、彼も同居していないようだ。この辺りで、吉川は妾であり、徳大寺も彼女の子だが、本妻の家に入っている跡取り息子だと分かって来る。そして、お父さんは結局来ないのだ。

 田中がお父さんの会社を訪ねる場面。こゝは佐分利信との出会いのシーンでもある。佐分利は無愛想。田中のことを専務の娘と分かって態度が変わる。この時点で佐分利の性格がちょっと分かる。専務−田中の父は河村黎吉だ。お母さんに会いにきて欲しい、と田中は懇願する。河村は、田舎に家を建ててあげる、と云い出す。ほらお父さんもちゃんと考えているんだよ、というポーズ。また、佐分利が河村に叱られるところを見る。いつもあんな叱り方なさるの?叱っても仕方のないヤツは叱りはせん、みたいな会話。ちなみに、徳大寺もこの会社の社員で佐分利の先輩だ。

 続いて、こゝから佐分利のパートに。下宿の近所、染め物の作業場を通って、食堂に寄る。こゝで水戸光子が登場。可愛い。メニューの札を書こうとしていたのか、佐分利に頼む。白い絵の具で「オムレツ」とか「カツ丼」とか書く。上手い佐分利。「コロロッケ」と書いて、専務と喧嘩した、と云う。この云い方も変。会社を辞める。こゝを手伝おうかな。私それでもいいのよ。という会話。水戸が佐分利を好きなこと、佐分利も結婚を考えていることがよく伝わる演出だ。翌日、辞める気まんまんで出社はしたが、結局専務の河村には云い出せない。佐分利のダメ男ぶりの徹底も本作の一つの見どころだと思われてくる。

 この後、仔細は割愛するが、河村は娘の田中の結婚相手として佐分利を薦める展開となり、流石に水戸のことがあるので佐分利は困るだろうと、私は思ったが、どっこい彼は、ようやく運が向いて来たと大喜びする。日が経過して、吉川と田中が茅ヶ崎への引越しの日、佐分利も手伝いに来ているのだが、引越し蕎麦を食べている時に、徳大寺の良からぬ噂(女給を囲っているとか)をペラペラ喋る、というのも間抜けなキャラを強化する。

 さらに、田中が佐分利の下宿を訪ねた際に、彼は留守で、水戸と下宿のオバサン−高松栄子が対応するのだが、高松が、二人は結婚の約束をしている風のことを云ったものだから、話が面白くなる。田中は父親の河村へ、縁談を取り消して欲しいと云いに行く。結婚を約束しているか、それに近い人がいる。あの人(水戸)を悲しませるから、と云う論理。河村が、そんなことは佐分利がなんとかする、と云うのにも幻滅するのだ。これに続けて唐突に水戸が左頬を押さえているショットから始まるシーンが来る。佐分利が右手でビンタしたということだ。ビンタ場面が割愛されているので、余計に酷く感じるのだ。

 というワケで、こゝまで主に佐分利を中心に感想を書いたが、タイトルの通り、吉川と田中の母子が主人公であることは間違いなく、特に田中の真っ当さを描くことが眼目ではあろうけれど、しかし、男たち−佐分利、河村、徳大寺の非道ぶりの方が、より強調されて感じられるというのが、渋谷実らしいところだ。ついでに書くと、河村の友人の重役−斎藤達雄の最後の科白(耳打ち)も、とても怖いディレクション。ラストカットの河村の演出にもしびれる。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・田中と佐分利が一緒にオルガンを弾く。曲は「オールド・ブラック・ジョー」。

・吉川の妹(田中の叔母さん)は松井潤子。この人は佐分利を信用しない。

・河村の本妻は葛城文子。河村の会社の重役では、河原侃二が目に留まる。

・佐分利の同僚には磯野秋雄がいる。また、給仕の少年は葉山正雄

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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