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[コメント] ローレライ(2005/日)

本作に新しい日本映画の方向性を見ました。願わくばこの流れを良しとして欲しいものです。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 原作は未読ながら、かなり前評判が良く(押井守氏がデザイン参加してるって事もあるけど)、この春の期待度ナンバー・ワン作品だった。

 それで出来は…少なくとも、物語としてはバランス良くまとまってると思う。更に特撮には定評のある樋口監督だけに、演出面は文句なし。実物モデルを作ったと言うだけあって、潜水艦の巨大艦も充分に感じさせられたし、潜水艦内の狭苦しさもちゃんと再現していた。細部は大変細かく作り込まれてる。何より水の演出が凄く良かった。いわゆる樋口演出ってのを充分堪能できた。少なくとも、二時間ちょっとの時間をまるで飽きさせない事だけでも、充分特筆すべき事だ。

 ただ一方、リアリティという意味でこれを考えると…最早笑ってしまうしかないレベルで、こう言っちゃ悪いけど、『パール・ハーバー』(2001)並の無茶苦茶さ。

 物語は決して飽きさせはしないけど、大変薄っぺらく、ウェルメイドの物語に強引に様々な演出を加えただけ。はっきり言って途中からほとんど物語の展開が読める。潜水艦は細部の作り込みは大変素晴らしいが、そこにいる人間に生活臭がない。いくら汚らしく見せても、表面的で、臭さというものが感じられない。更にローレライの正体がパウラという少女だと分かった途端、主人公の一人妻夫木聡演じる折笠とのベタ甘なラブストーリーが展開される。機密のはずのローレライを浮上中の甲板に出して二人で海を見てるなんて、とても太平洋戦争中とは思えない演出。町を敢えて描写しなかった事もあるが、とても大戦末期とは思えないような演出風景ばかり。出てくる人間の大半は現在の価値観で動いてる。回想シーンの長崎の描写は、大戦後に建て直されたものばかり(これは仕方ない話か)。更にいくら優れたソナーシステムを搭載してるといっても、潮流やエンジンの調子によって、海の中では自由に動けないはずの潜水艦がまるで飛ぶかのように軽快に動き回り、爆雷でもみくちゃにされている中、平気で姿勢制御を保ったまま、的確に動く…あれは実はドイツじゃなくて地球外生命体が作った兵器だろ?  それに、徹底した他の映画やアニメからの引用が、ここまでやるか?と思えるほどの量。潜水艦だけに『ふしぎの海のナディア』や『海底二万哩』(1954)、『U・ボート』(1981)の引用は当然にせよ、『エヴァンゲリオン』を始めとするガイナックス作品の流用が兎角目に付くし、他にも演出方法では宮崎駿的、押井守的、富野由悠季的演出のオンパレード。特に殉職シーンは『ボルケーノ』(1997)であったり、『ザンボット3』であったり、『天空の城ラピュタ』(1986)であったり、「女王陛下のユリシーズ」(書籍)であったり…実に分かりやすいネタを連発してくれてる。

 細部にこだわり、大きな所は結構いい加減。様々な引用。まさにこれはオタクが作った映画だ。元々が樋口監督自身、オタクと呼ばれることに何の抵抗も持ってない人だし、何の衒いも無く、そう言う作品を作っているというわけだ。

 それが悪いか?

 いや。全く逆だ。この作品は、だからこそ良い。

 最近になって色々オタク文化だとかなんだとかもてはやされる傾向にあるけど、映画の世界ではそれはなるだけ抑え気味に作られるのがほとんど。それを敢えて全開でやったと言うことは、そう言う作品が今や一般にも受け入れられる時代が来たのだ。と言うことを樋口監督が強く主張したのではないか?これこそ作家性という奴だ。実際、樋口監督はこういう形ではない、無難な作品も作れる人のはず。しかし敢えて自分のアイデンティティを全開にしてこんな風に作ってくれた。むしろここに新しい形での邦画の方向性を見た。

 それともう一つ。

 日本映画界は太平洋戦争に関しては、ほとんどの作品が消化できてない。“戦争は悪であり、悲惨である”という呪縛から今もなお逃れることが全然出来てない。これは規制の多いメディアの宿命とも言えるのだが、いわゆる仮想戦記を代表とする(そう言えばこの原作もそのカテゴリーに入るな)小説界ではそのような呪縛から既に抜け出ているというのに、映画界の歩みはあまりにも遅かった(かつての『独立愚連隊』(1959)を始めとする岡本喜八監督作品なんかは、戦争をちゃんとエンターテイメント化出来ていたのに、時代が下るに従い、逆に呪縛に捕らわれてしまった)。

 ちょっと極端ではあったが、本作はしっかり戦争をエンターテイメントとして捉えていた。やっとここに来てそれを自由に作れるようになったか。としみじみと思えた。勿論戦争を否定する姿勢を貫くことは大切。だが、同時に過去のことをただ一括りに否定するだけであってはならないはず。

 本作が一般に受け入れられるか否かで、これからの日本映画界は随分変わっていくだろう。この新しい方向性が受け入れられるように願いたい。

 それと早急に原作を読もう。

(評価:★4)

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